最高裁判所第三小法廷 昭和54年(行ツ)111号 判決 1980年1月11日
新潟県西蒲原郡巻町大字巻甲二五三〇番地七
上告人
筒井昭治
右訴訟代理人弁護士
西田健
新潟県西蒲原郡巻町大字巻字蓮田甲四二六五番地
被上告人
巻税務署長
榎本健治
右指定代理人
岩田栄一
右当事者間の東京高等裁判所昭和五三年(行コ)第七三号所得税更正処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五四年五月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人西田健の上告理由の一及び二について
所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。(最高裁昭和五一年行ツ第九九号同五二年二月一七日第一小法廷判決・民集三一巻一号五〇頁参照)右違法があることを前提とする所論違憲の主張は、失当である。論旨は、採用することができない。
同三について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己 裁判官 環昌一 裁判官 横井大三)
(昭和五四年(行ツ)第一一一号 上告人 筒井昭治)
上告代理人西田健の上告理由
原判決は、上告人の本件提訴が出訴期間を徒過したものと認定した。
その理由として行政事件訴訟法第一四条第一項、第四項により出訴期間の計算にあたっては裁決のあったことを知った日を初日としてこれを期間に算入する旨判示している。
しかし、これは行政事件訴訟法第一四条第一項、第四項の解釈適用を誤ったものである。
一、取消訴訟の出訴期間は行政事件訴訟法第一四条第一項により処分または裁決があったことを知った日から三ケ月以内と定められている。
ところが、同法には特に期間計算の通則について定めがない。
従って、同法第七条により民事訴訟法第一五六条、民法第一三八条、一四〇条の基本原則に立ち帰って右期間の初日はこれを算入しないことが正当である。
然るに、同法第一四条第四項には「……から起算する」と規定しあたかも初日算入する如き文言を定めるが、これをただ単に文言どおり初日算入と解釈すべきではない。
第一四条一項及び三項の場合と同四項による場合とを特に別異に解釈する合理的理由は存在しない。
行政に対する国民の救済手続を定めた行政事件訴訟法の立法趣旨を慮れば初日不算入は当然の理である。
このことは、同じく救済手続を定めた行政不服審査法において規定する各種救済手続に必ず「……の日の翌日から起算……」の文言を明確に規定していることによっても明らかである。
また、憲法第一四条、三二条の趣旨によっても第一四条四項を初日算入と解釈することは許されない。
初日算入と解釈することは審査請求の手続を経た者と然らざる者とを合理的な理由もなく差別することであり、法の下の平等を侵し、国民の裁判を受ける権利を不当に奪うこととなり、断じて許されないと思料する。
二、右然らずとしても、本件に行政事件訴訟法第一四条第四項を適用すべきではない。
第一四条第四項の規定に該当するのは裁決につき審査請求できる場合で、かつその審査請求をなしたときであり、本件裁決に対しては審査請求の方法は定められておらず、また上告人も審査請求をなしていないのであって、第一四条第四項の要件を充していないのである。
三、更に、原判決は本人のために受領権限を有する者が本件裁決書謄本を受領したものである以上、上告人本人が裁決のあったことを知った場合と同視すべきことは当然であると断定するが、これは行政事件訴訟法第一四条第一項、第四項に規定する「知った日」の文言の解釈を誤ったものである。
そもそも、行政処分に対する国民の救済、権利保護の見地よりその手続法として定められた行政事件訴訟法の解釈においては当事者の不利益になる解釈は厳格かつ慎重になされるべきである。
本件裁決書在中の郵便物が上告人方に送達されたのは昭和五一年三月二三日で、これは上告人不在の間その妻が受領したものであるが、原判決はこれをもって上告人本人が裁決のあったことを知った場合と同視すべきことは当然であると推定し、上告人が裁決のあったことを現実に知ったのがその後であったとしても、即ちその時点で現実に知らなくとも、また右受領者(上告人の妻)が送達された郵便物を開封のうえ裁決書を読むことをしなかったとしても異なるところはないとするのである。
これは送達の事実のみから当事者本人の了知を推定するもので行政処分の公益性を偏重し、当事者の権利の救済を軽視したものである。
第一に、法文は当事者が「処分は裁決があったことを知った日」とあり文字どおり現実に知った日を意味するのであること、更に、了知の推定はあくまでも推定であって、必ずしも真実と合致するものでないこと、加えて法は別途、当事者の了知の有無にかかわらず絶対的に出訴権を消滅させる出訴期間を定めており、行政処分の不安定な状態を完全に解消する制度をもうけていることを考え合せれば、当事者において現実に知った日を立証すれば、即ち了知推定の反証が立証されれば、推定は適用されるべきでなく、またその反証は当事者において了知することが出来なかったことにつき悪意もしくは重大な過失のない限り認められねばならないと思料する。
本件においては了知の推定を打破るべき反証は存在する。
上告人は、一審判決、原判決が認定するとおり、本件裁決書在中の郵便物が送達された三月二三日は出張不在中で、裁決書の内容を判読したのは、即ち現実に知ったのは三月二六日であり、かつ右郵便物を受領したのは上告人の妻であるが、その妻も封筒を開披し裁決書を判読するまでには至っていなかったのである。
上告人において右三月二六日まで知らなかったことにつき、悪意がなかったことは明白であり、妻においても事前に上告人より国税不服審判所からの郵便物、その他の通知があれば直ちに万難を排しその内容も含め事の一部始終を連絡せよとの依頼あるいは指示を受けていた訳でもなく、たまたま不在の本人に代り郵便物の一つとして本件裁決書在中の郵便物を受領したにすぎない。加えて、常日頃より上告人出張の折はその間の自宅での出来事を細大もらさず逐一上告人に報告するという習慣もなく、常に出張先の上告人と確実に連絡をとれる連絡先を記録しておく習慣もなかったのである。
かかる妻に対し、上告人不在の間(長期の不在なら兎も角三、四日の出張の間)あえて同人宛の郵便物を開披し、同人と確実に連絡のとれる連絡先をつきとめ連絡しなかったことにつき責任を科すことは相当でない。
ましてや、封筒の表書によりその中味の内容を推察し本人である上告人に敢えて即時に連絡せねばならない義務を負う結果になるのであろうか。
妻が配達された書留郵便の封筒の表書きを見て、本人不在を理由に受領を拒否した場合、これも了知し得べき状態というのであろうか。
本件、処分または裁決の告知は行政庁側の責務である。これを「裁決書在中」のスタンプ印と国税不服審判所という差出人の印刷された封筒の発送及送達でもって免除されるべきものではない。ましてやその責務を郵便物受領者に負すことは出来ない。
結局、上告人の右反証事実は了知の推定を打破るものとして推定の原則は排斥されねばならないにも拘らず、原判決は法令の重要な解釈を誤り反証事実を看過し推定を適用したのは違法である。
以上